1. 硝子体手術が必要となる疾患
(1) 増殖性糖尿病網膜症
糖尿病の罹病期間が長く、糖尿病の状態が悪い患者さんは、糖尿病網膜症が単純性のものから前増殖性、増殖性網膜症へと進行します。増殖性の糖尿病網膜症は新生血管や網膜上に増殖膜を有します。新生血管はその構造が弱い為に出血しやすく硝子体出血を来たします。硝子体出血により極度の視力低下が起きた場合は硝子体手術によりその出血を除去する必要があります。また、網膜上の増殖膜は牽引性の網膜剥離を起こし、放置すると失明につながる場合があります。これを防ぐ目的で硝子体手術を行い、増殖膜とその温床となる硝子体をできるだけ切除します。また、手術中に周辺部の網膜に光凝固を行い、新生血管の発生や増殖膜の再発を予防します。
(2) 糖尿病黄斑症
糖尿病網膜症が進行したものはもちろん比較的軽度のものでも網膜の中心部の黄斑部に浮腫を起こした状態である黄斑症という病気が起きる場合があります。黄斑症が起きますと他の部分の網膜が正常であっても極度の視力低下が起きます。黄斑症が起きた場合は、黄斑部に網膜光凝固術を行い無効なら硝子体手術を行う、あるいは最初から硝子体手術を選択する場合があります。硝子体手術により後部硝子体膜を含んで硝子体を除去しますと、ほとんどの患者さんで黄斑部の浮腫は消失しますが、視力が改善するのはその約70%程度と考えられています。残りの約30%の患者さんでは視力が改善しません。中には手術後に視力がかえって低下する場合もあります。しかし、浮腫を放置すればいずれ視力低下が進行します。
(3) 黄斑円孔
黄斑部に小さな丸い孔が生じ、視力が著しく低下します。この場合は、硝子体を後部硝子体膜を含め切除し、さらに網膜の表面の内境界膜を染色し見えるようにしてから内境界膜だけを剥離、除去します。そして、眼内に特殊な気体を注入し、網膜を気体で押さえておきます。時間が経過すると小さな網膜の孔、つまり黄斑円孔が閉鎖され、ある程度、黄斑の機能が回復し視力が改善する可能性があります。
(4) 網膜裂孔を伴う網膜剥離
硝子体の老化に伴う収縮により網膜が引っ張られて網膜に孔が空いて、その孔から網膜の下に液体が浸入して網膜が剥がれる病気です。放置しますと網膜が全て剥がれて失明します。硝子体手術により、網膜を引っ張っている硝子体切除します。さらに、気体を眼内に注入し網膜の下にある液体も全て吸引し網膜を正常の位置に戻します。空いている網膜の孔は周囲を光凝固し再び網膜が剥がれないようにします。
特別な気体は1−2週間、眼内に残り、その間網膜を正常の位置に押さえ付けています。1週間のあいだに凝固された網膜が眼球の壁と癒着し再び剥がれなくなります。その間は、気体が網膜を押さえ付けられるように、うつ向きの姿勢を保って頂く必要があります。非常につらい姿勢を保つことになりますが、網膜を正常の位置に戻すために、最低3日、できれば5日間はこの姿勢を続けてください。網膜剥離以外の糖尿病網膜症や黄斑円孔に対する硝子体手術の場合でも、手術中に眼内に気体を注入した場合は、このうつ向きの姿勢を同じように続けて頂くことになります。
(5) その他
いろいろな原因で硝子体出血、硝子体混濁、黄斑浮腫、網膜剥離を起こす場合が他にもありますが、このような場合も硝子体手術を行い、硝子体を切除し出血や混濁を除去します。さらに、必要があれば増殖膜などを切除し網膜を正常の位置に戻すことが必要になります。
2. 当院での硝子体手術
当院では全て手術は日帰り手術で行っておりますので、硝子体手術を受ける場合も入院の必要はありません。硝子体手術は、特別な状況がある場合や既に白内障手術を受けている患者さんを除き、同時に白内障手術を行います。白内障の手術をする目的は、白内障があると手術中に網膜を見ることが困難になり硝子体手術が難しくなるためです。また、水晶体を残して硝子体手術を行いますと網膜の周辺部にある硝子体を切除することが困難です。
硝子体手術を受ける約2時間前から瞳を開く目薬をつけて、前方から水晶体及び眼底が広く見えるような状態にします。手術室に入る直前に麻酔薬を点眼します。手術室に入ったら、椅子に掛けて頂きます。この椅子は自動的に横になって手術用のベットになります。その後、消毒液で目の表面を消毒します。
消毒が済むと清潔な布が顔に被さり、球後麻酔という強力な麻酔を行い、眼球全体が痛みを感じない状態にします。この麻酔はかなり痛みの強い麻酔ですが10秒程で終わりますので少しの間動かずに我慢していてください。
球後麻酔をした後に手術が開始されます。まず、瞼を大きく開く器械が置かれ、顕微鏡で目を観察しながら、白内障の手術を行います。水晶体を取り除いたあとに、まず、角膜(黒目)の上に特殊な網膜を観察するためのレンズを取付け、眼球の強膜(白目)の3箇所に小さな傷をつくり、そこから硝子体を切除するための手術器械を入れられるようにします。最初に硝子体の中央部を切除します。次にやや周辺部にある硝子体を注意深く切除します。その後は、患者さんの目の状態、病気の種類により色々な操作を行います。例えば、後部硝子体膜が網膜からまだ離れていない目はその膜を剥がします。あるいは、網膜の上に増殖膜がある場合は増殖膜を特殊なハサミで切除します。網膜に孔があり、網膜が剥がれている場合はいったん眼内に空気を入れて網膜を正常の位置に戻し網膜の孔の周りを光凝固して再び網膜が剥がれないようにします。糖尿病網膜症の場合は網膜光凝固術を追加します。
目の状態に合わせてこれらの手術操作を組み合わせて実際の手術は行われます。従って、手術時間は目の状態により1時間から2時間と様々です。硝子体手術の最終段階で、最周辺部の硝子体を白目を外から圧迫して切除して網膜の最周辺部に網膜光凝固を追加し、硝子体切除後に網膜剥離を起こさないようにします。この段回で、網膜剥離が手術中に確認された場合は眼内に特殊な気体を注入します。
そして最後に人工レンズを移植します。手術が終了したら眼帯をして少し休憩して頂いて、気分が悪くなければ帰宅して頂きます。帰宅後はなるべく安静にしていてください。トイレに行くときはゆっくり歩いて頂いて結構です。眼内に気体が入っている場合は3−5日間、食事トイレ以外は、うつ向きの姿勢を保ってください。手術当日は、手術後の出血を防ぐために、眼球の圧を高くしてありますので痛みがあります。鎮痛薬を処方してありますので飲んでください。3回分処方してありますので、痛みが続く場合は3時間毎に飲んでください。痛みが我慢できる場合はなるべく一回だけ飲むようにしてください。飲み薬は、他に抗生物質と胃薬の2種類が3日分処方してありますので忘れずにお飲みください。目薬は、眼帯が必要なくなってから始めるように指示いたします。
目薬は、
炎症を抑える目薬(0.1%マキシデックス)とばい菌を殺す目薬(ベガモックス)を一日4回つけてください。薬局で説明されたように5分間隔を置かずに同時につけて結構です。その他に、瞳を開く目薬(ミドリンP)は朝10分毎に3回支持があるまで続けてください。手術後1−2週間で目薬は変更になります。手術を受けてから特に1週間は目を擦ったり、押したりしないでください。また、不潔にしないように注意してください。お風呂は首から下であれば手術の翌日から入れますが、洗髪、洗顔は1週間避けてください。その間は、どうしても洗髪したい場合は床屋、美容室で目に水が入らないように洗髪してください。洗顔は濡れたタオルで目に水が入らないように拭いてください。
手術後1週間すれば、目をよく閉じて、なるべく目に水が入らないように、普通に洗髪、洗顔して頂いて結構ですが、もし目に水が入ってしまった場合は、ばい菌を殺す目薬(ベガモックス)を2滴ほどつけてください。
3. 硝子体手術の合併症
硝子体手術における合併症について説明致します。
1)手術中の網膜剥離
硝子体手術前に網膜剥離がなかった場合にも手術中に網膜の周辺部に手術中の操作(後部硝子体膜を網膜から剥がすことや網膜上の増殖膜を切除すること)により網膜に孔が空きそれが原因で網膜剥離へと進行する場合が あります。この場合は、手術中に網膜を元の位置に戻し再び剥がれないように網膜を光凝固し気体を眼内に注入する必要があります。
2)手術後の網膜剥離
手術中に網膜の孔や網膜剥離が観察されなかった場合あるいは網膜剥離を治療できた場合でも手術後に網膜剥離を起こす場合があります。これは最周辺部の網膜にあった非常に小さい網膜の孔や網膜の弱い部分が術後に取り残した硝子体により引っ張られて大きな網膜の孔となり網膜剥離へと進行したり、網膜の眼球壁への癒着が不十分であった場合に起こります。このようなことを予防する意味で、硝子体切除の邪魔になる水晶体を取り除き眼球を外から圧迫して可能な限り硝子体を切除しています。しかし、それでも手術後に網膜剥離を完全に予防できない場合があります。そのような場合は、再び硝子体手術を行い気体を入れて網膜を元の位置に戻し網膜を光凝固します。これだけで網膜が元の位置に戻らない場合は外から強膜内陥術という手術を併用する場合があります。
3)手術後の硝子体出血
網膜上に残った新生血管から術後の残存した硝子体の変化により出血が起こる場合があります。出血の量が大量であったり、出血が吸収されるまで時間がかかることが予想される場合は再び硝子体手術を行い眼内の出血を除去する必要があります。
4)手術後の新生血管緑内障
糖尿病網膜症の場合、眼内に存在する血管新生因子が眼球の前方にある虹彩に作用し、そこに異常な血管を作り眼内の水の流れを障害して眼圧を上昇させて緑内障を引き起こします。新生血管緑内障に対する有効な治療法は現在確立されておりませんので、緑内障手術や薬物治療により眼圧が正常化されない場合は失明する可能性があります。この血管新生緑内障を予防するために、特に糖尿病網膜症では手術中に網膜光凝固を網膜の最周辺部まで行っております。これは網膜光凝固により眼内の血管新生因子の発生を少なくすることができると考えられているためです。
4. 硝子体手術の有効性と問題点
硝子体手術の手術装置や手術法は近年、目覚ましい進歩を遂げ手術の効率や安全性が飛躍的に向上し、硝子体手術の有効性は増殖性の糖尿病網膜症だけではなく、糖尿病黄班症や黄班円孔など今までは手術治療が不可能であると考えられてきた疾患にまで広がってきております。
しかし、未だ安全性の確立された手術であるとは言えず、手術前には予想が出来ないような合併症を手術中、手術後に引き起こしてしまう場合があります。また、手術が成功したとしても必ずしも視力回復に結びつくとは限らす、手術前の視力を維持するに留まったり、かえって視力が悪化する可能性もあります。これは、手術によって硝子体や増殖膜を除去して網膜の状態を良い状態にしても網膜の機能がすでに回復不能な状態であったり、手術により網膜や視神経に障害が残るためです。また、白内障の手術と同じように硝子体手術も病院や執刀医による手術成績に大きな違いがあることも否定できません。
硝子体手術ではシリコンオイルという網膜を剥離させないために用いる物質を使用しないと手術が成功しない場合もありますが、それは網膜の孔が極端に大きかったり、網膜を移動するために網膜を意図的に切開する必要性があるなどの特別な場合であり、手術の技術が高ければ、ほとんどシリコンオイルを使う必要性はありません。
シリコンオイルを入れた場合は手術後に炎症が強く起きたり、眼圧が上昇したり、硝子体が増殖性の変化を起こしやすくなったりするなど副作用が高率に出現します。さらに、シリコンオイルが眼内に入っている間は、たとえ網膜が正常の位置にあっても、シリコンオイルの性質のために強い遠視となり両目で見るということができません。
一般的に、手術法、手術装置が発達した現在でもシリコンオイルを硝子体手術で多く用いる眼科医はその手術手技のレベルが低い可能性があります。当院で私が硝子体手術を始めてからの5年間でシリコンオイルを使用した手術は1つしかありません。他院で硝子体手術を予定している方やシリコンオイルが眼内注入された経験のある患者さんは是非、当院で一度診察を受けてみてください。現在の硝子体手術により十分に治療可能な目を失わないよう慎重に患者さんが病院、医師を選択することを願っております。
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